―― Vol.20 青山学院大学 陸上競技部 町田寮 ――
青山学院大学 陸上競技部。言わずと知れた箱根駅伝の常勝校であり、今年1月の第101回箱根駅伝でも見事総合優勝を収めた。過去10年間の総合優勝回数は実に7回と圧倒的な勝率を誇る青学だが、2連覇がかかった今回の箱根駅伝では、昨年9月に選手寮(町田寮)がリニューアルされたことでも話題になったのは記憶に新しい。
リニューアルされた町田寮はトレーニングルームや浴室が大幅にリフォームされただけではなく、特大のホワイトボードが設置されたミーティングにも最適な食堂や、これまでは調理機器と言えば電子レンジくらいしかなかったが今回のリニューアルにあたり業務用厨房機器を一式導入するなど、選手たちの食生活も非常に重視した仕様となっている。
さらに調理担当として選手OBの鶴貝彪雅様が就任したことで、選手たちは栄養バランスの取れた出来立ての温かい食事を毎日摂ることができるようになった。そしてこの厨房施設の導入は寮母の原美穂様の強い要望によるものだと言う。
身体が資本のスポーツ選手にとって食事は言うまでも無く重要なもの。さっそく寮母の原様、調理師の鶴貝様にお話しを伺ってみた(取材日:1月28日)。
第101回箱根駅伝を終えて
----遅くなりましたが第101回箱根駅伝の総合優勝おめでとうございます。
原様「ありがとうございます。箱根駅伝までは本当に気持ちが張り詰めていて、風邪とかひいちゃいけない、インフルエンザにもなっちゃいけないとか、選手だけではなく周りのサポートする側も一緒になって頑張っていたんですが、ようやく今はひと段落と言った感じです」
----一昨日は淵野辺で優勝パレードがあったかと思いますがいかがでしたか。
原様「青学のことを応援してくださる方が4万人近くも来ていただいたって本当に凄いことだと思います。中には"岡山から来ました"ってプレートを持ってる方もいらっしゃっていて、本当にありがたいなと思います。」
----鶴貝様はこちらの町田寮に就任されたのが昨年10月で、まさに駅伝に向けての準備が始まるタイミングだったかと思います。駅伝に向けて毎日の食事の内容を変えられたりはあったのでしょうか。
鶴貝様「ありましたね。やはり箱根駅伝は距離が長い分エネルギーをたくさん使います。それに練習してるときからもエネルギーがどんどん消費されていってしまうので、糖質の量、ご飯の量を多くとるようなメニューを意識しました。おかずを少し多くしたり、あとは味付けを濃くしたりしてご飯がすすむような献立にしていました」
鶴貝様「学生もわかってるんです。"この時期はたくさん米を食べないと"って。ご飯は5~600gぐらい食べますね」
原様「もうこんなです(身振りで山を描きながら)。日本昔ばなしに出てくるような状態で(笑)」
鶴貝様「長距離の選手って細いからあまり食べないと思われがちなんですけど、もの凄く食べるんです。栄養価的にも必要なので。なので箱根前はそこを調整して、それぐらいの量のご飯を食べれるおかずの量だったり、味付けだったりというのは意識していました」
町田寮リニューアルに向けて
----今回どういった経緯でのリニューアルだったのでしょうか。
原様「私たちがここにやってきたのが21年前なんですが、その時点で既に中古だったんです。もともとは企業の独身寮だったので、そもそも部活の学生寮向けに設計されていなかった。そこを無理やり誤魔化しながらみんなで住んでいたんですが、それでも段々と人数が増えてきて1人部屋に2人入ってもらったりぎゅうぎゅうな状態だったんです。当初は移設を考えていたんですが、なにぶんこの町田が青山キャンパスに行くにも相模原キャンパスに行くにもちょうどいいということもあって、移設ではなく改修することにしました」
改修にあたり、原様が一番最初に大学に要望した点が「厨房施設を入れること」だったと言う。
原様「以前は相模原の方からケータリングで持ってきてもらっていたんですが、やはりそういう食事は恐らく昼ぐらいに作ったものを15~16時ぐらいに持ってきているので、食べる頃には冷めきっているんです。それを朝晩温め直すという状態がずっと続いていました。やはり、もうちょっと良いご飯を食べて欲しいということで厨房施設を要望したんです」
原様の念願叶い、リニューアルされた町田寮には本格的な厨房設備が導入されることとなる。残る問題は調理師だが、そこで白羽の矢が立ったのが青学OBの鶴貝様だ。

【熱々の食事の提供に大活躍のスチコン】
この日は町田寮の厨房施設についても鶴貝様にお話しを伺った。まず鶴貝様が「もうこれが無いと」と熱く語っていただいたのが当社製スチームコンベクションオーブン〈スーパースチーム〉。
「40人前のおかずを出来立て熱々で提供するにはやはりスチコンが不可欠。本当に助かっています。学生に一番人気なのが下味を漬けた鶏むね肉をスチームで1時間蒸したもの。芯温センサーで温度管理もするんですが、ぷりぷりの食感で大人気です。新メニューの開発にも役立ってますし、いま考えているのはスチコンでのバスクチーズケーキの焼成。スチコンで焼成すれば40人分を一気に調理できるので挑戦してみたいですね」
OBの鶴貝様が就任。
鶴貝様はもともとスポーツ推薦で青山学院大学に入学。陸上競技部で選手として活躍していたが、怪我を機に3年次よりマネージャーに転向し、4年次には主務(=マネージャーの長)として選手のサポートに尽力。青学卒業後は「アスリートのための食事を作る調理師」を志して専門学校へ入学し、さらに都内のイタリアンで厨房に立つなど研鑽を積んでいた。
原様「彼自身としてはあと1年半後くらいに戻りたかったらしいんです。もう少しベテランになってから来たかったみたいで」
鶴貝様「もともと青学在学中に料理の道に進むことは決めていたので、"いつか青学に戻って来てここの食事を作れたらいいな"ぐらいの思いだったんです。原監督からも"うちの寮も新しくするからそのときに戻ってきてよ"というお話もいただいていたんですが、それが5年後になるのか10年後になるのかはわからない状態でした。それがいつの間にか近々の話になっていて(笑)。自分自身、専門学校を卒業して社会人経験が1年半の状態で戻るっていう後ろめたさや不安もあったんですが、原監督や奥さんがウェルカムな状態だったので、その期待に応えられるように頑張らないといけないと思っています」
原様「ここで1年半やるか外で1年半やるかだけで結局一緒だと思うんです。だったらもっと早く来てもらって、うちの大学のこと、この陸上競技部のことばっかりを考えた1年半にしてもらいたいなって思って。この青学陸上競技部も強化部になった最初から私達がやっていて、いちから作り上げてきたことで良かったりしたこともあるので、彼にも最初から来て欲しいと思って来てもらいました」
学生の反応と食事を重視した理由。
----今回鶴貝様が入られて、温かい食事が食べられるようになって食事の時間の雰囲気など変わりましたか。
原様「それはものすごい変わりました(笑)。以前からもやはりお腹は空いてるので、"今日の食事は何かな"って見に来る学生はいましたけど、今はもう本当に期待満々で来るんですよ。"今日はなんですか?楽しみだなー!"という感じで。やはり"走って食べて寝る"。もうこれが陸上選手を一番強くするし、学生達もわかってると思うんですけど、やはりどういう気持ちで食べれるかっていうのはすごく重要なことなので。また以前はメニューの内容に対して例えば"今日の練習はたくさん走るからこうしてください"と言った要望はできなかったんですが、彼(鶴貝様)は青学陸上競技部で選手をやっていて、マネージャーの一番上=主務も務めていたので、試合の日程や練習の内容を考慮してそれに合わせた献立を考えてくれます。学生達にとってはここ(町田寮)での食事を食べていれば栄養が偏らない、そういう食事が提供できるようになっているのはこれからの陸上競技部の戦力アップになると思っています」
----原様は以前から食事の時間というのを重要視されていました。詳しくお伺いできますでしょうか。
原様「当初はバイキング形式でみんな好きな時間に好きなものだけを食べていたんですが、そうすると酢の物とかがすごく余るんです。みんな肉だけ食べてあとはコンビニで買ってくるような状態で。やはり一緒の時間に食べるというのが大切で、周りの選手が食事してるのを見ながら"自分もこういうのを食べなきゃいけないな"とかあるじゃないですか。駅伝はチーム力で勝つスポーツなので、"食事の時間は一番コミュニケーションが取れる時間なのでみんなで一緒に食べましょう"というのは本当に最初の最初のいの一番に決めたことですね」

【オムレツ調理に欠かせないガステーブル】
スチコンではできない鍋を使った調理に活躍するのがこちらのガステーブル。「オムレツとかオムライスは学生に凄く人気のあるメニューなのですがこちらのガステーブルを使います。あとはスチコンが使用中のときの炒め調理に使ったり、また味噌汁やカレー、煮物などの煮込み調理にも使いますね」と鶴貝様。なお隣は当社特注の台付きシンクだがこのコンロ横の作業スペースがとても使い勝手が良いと言う。
「オムレツを40人前調理する際も卵液を置くスペースに使えますし、このスペースは凄く活用してますね」とのお言葉をいただけた。
駅伝走者に求められるものと寮母しての役割
----原様は以前から「駅伝の選手には規則正しい生活が不可欠」とおっしゃっていました。
原様「やはり身体作りから、食生活、睡眠、練習もきっちりやることが大事なので。走ればいいというものではなくて、走ったら走っただけちゃんとした栄養素を摂ってないと骨が折れたり、膝が痛くなったり、脱水症状になったりということが起きて結果として練習が続けられなくなってしまうんです。それでも5000mぐらいならセンスだけで走れる子もいるんですが、駅伝のように20kmになってくるとごまかしがきかなくなるんですよ。そこはもう本当に365日きっちり美味しいご飯を食べて栄養素を整えて、ちゃんと寝て、睡眠を取ったしっかりした状態で集中して練習ができる、というのがやっぱり一番強くなる。そこから先の練習メニューとかは監督のひねり具合だと思うんですが、その子の能力の中で一番強くなれるような生活を作ってあげるという責任はこっち側(原様)が持っていなければいけないと思っています」
料理人を目指したきっかけは同級生の言葉
----鶴貝様はお父様が料理人だったとお聞きしました。
鶴貝様「父はもともと和食の板前をやっていたんですが、子育ての時間を確保するために里親施設の食事を作る仕事に転職したんです。それでその施設の子供が僕と同じ小学校に通っていて、僕の父が作ったご飯が美味しいとずっと言っていたんです。そこで父の料理人という職業を知って"良いな"と思ったのがきっかけです。なので、やはり父の影響でこの料理人という道を選んだのかなと思います」
----お父様の仕事がきっかけだとしても、同級生からお父様の作ったご飯が美味しかったと言われるのはなかなかない原体験な気がします。
鶴貝様「そうですね。料理人を目指す大体の人は自分が作った料理を家族や友人に"美味しい"って言われるのがきっかけになると思うんですけど、自分はその逆というか、父の料理を食べた同級生が"美味しい"と言っていたのが感銘というか格好いいなって思ったんですね。それで自分も料理を作って美味しいって言われてみたい、と思ったんです」

【使い勝手の良い洗浄・消毒ライン】
鶴貝様から使い勝手の良さを絶賛していただいた洗浄・消毒ライン。手前のソイルドテーブルのシンクにて下洗いをした食器類をそのまま隣のドアタイプ洗浄機にて洗浄。その奥には食器消毒保管庫と包丁まな板殺菌庫があり洗浄後にそのまま消毒・殺菌ができるラインとなっている。そして今回鶴貝様が強く要望されたのがこの包丁まな板殺菌。「スポーツ寮で食中毒とかがシビアになっている現状があるので。特に以前の現場では衛生機器が無かったため、今回包丁とまな板の殺菌庫が欲しいと大学側に要望しました」とのこと。
「どんなに栄養価が高くても食べてくれなかったら意味が無い」
----陸上選手の食事を作るとなるといろいろ気を使うポイントもあると思いますがどういったことに気を配られていますか。
鶴貝様「一番は考えすぎないことですね(笑)。スポーツ栄養の学会が決めた数値に厳密に落とし込んで献立を作ると、やはり脂質が高いものって作れなくなってしまうんですよ。必然的に鶏むね肉やササミを使わないといけなくなってしまって、献立がだんだん狭まっていってしまうっていうのが最初ありました」
原様「陸上のアスリートに必要な栄養素を計算しながらすごい時間をかけて献立を作ったのに、監督に"鶏むね肉ばっかりだな"って言われてしまって(笑)。それでちょっと緩めたら学生が物凄く喜んだんですよ」
鶴貝様「数値にとらわれすぎないぐらいの献立の方がレパートリーが増えて学生も喜ぶんです。ただPFC(P=タンパク質、F=脂質、C=炭水化物)のバランスはアスリートに推奨される摂取量が決まっているので意識しています。そこは著しくずれないように献立を立てて、そこの中でちょっと遊びを入れたりとか。この日はちょっと脂質を多くしたら翌朝の脂質を少なめにしたりとかで調整するようにしています。どんなにPFCバランスが完璧に収まった献立を出しても美味しくなくて食べてもらえない、というのが一番問題なので。やはりどんなに栄養価が高くても食べてくれなかったら全く意味がないので。そこは多少バランスを崩してでも、学生が美味しいと思ってご飯も進むような献立の方が絶対重要になってきますし、その上でこの献立の意図だったりとかを伝えて、選手自身が栄養を意識して考えて食べる、というアプローチをかけていきたいと思っています」
第101回箱根駅伝優勝祝勝会にて
さる3月8日、今回の第101回箱根駅伝優勝を祝う青山学院大学 陸上競技部の祝勝会がグランドプリンスホテル新高輪で開催された。当社マルゼンも町田寮の厨房リニューアルをお手伝いさせていただいたご縁があったため、社長の渡辺が夫妻でご招待いただき出席させていただいた。
今回の町田寮のリニューアルを通じて、選手たちが食事の時間を心から楽しみにしていること、そして原様や鶴貝様によって選手たちの力を最大限に引き出す環境が整えられていることを実感した。当社の製品がその一助となっていることは誠に光栄であり、今後の青山学院大学陸上競技部のさらなる飛躍を心より願っている。
―― INFOMATION ――

青山学院大学 陸上競技部 町田寮
青山学院大学 陸上競技部の選手寮。2004年に強化指定部としての新体制になるとともに「町田寮」として開寮。選手たちが共同生活を送りながら、規則正しい生活習慣を身につけ、チームとしての結束を高める場となった。昨年9月に大幅リニューアルされ、居室、食堂・厨房、浴室、トレーニングルーム、マッサージルームなどが刷新された。今日に至るまで陸上競技部の重要な拠点として役割を果たし続けている。 |